「シンプルな情熱」 アニー・エルノー
掘 茂樹=訳
早川書房 1993
異邦人との恋
主人公は熟年のフランス人女性。
仕事のために外国からフランスに来ている
妻帯者に猛烈な恋をする。
彼とは会うのは、彼が突然電話をかけてきた
時のみ。
彼女は常に彼のことを想い、日常生活で彼以外のことを何も考えられない程であった。
文化の壁をどう捉えるか
彼はフランス語が完璧でないにしてもかなり話せたため問題なかった。しかし、すでに書いたように、彼女は猛烈に彼を愛している。そのため彼との文化の違いという障壁に苦しむこともあったのだが、
悩み、苦しんで終わりではない。
彼女は次のように考えた。
むしろこの状況のおかげで、自分は、彼と完璧に理解し合えるとか、さらには、二人の心を完全に一致させることができるとかいった幻想に惑わされなくてすんでいるのだと納得した。
出典 「シンプルな情熱」アニー・エルノー
なるほど。そうきたか。
この発想ができるからが故にこの主人公が好きになる。もし文化の壁に嘆き、絶望するだけであったら関心は湧かない。このカラッとした性格に惹かれる。普通はドロドロな恋愛として描かれるような恋だが、彼女の性格のおかけなのか、清々しささえ感じられる。
完璧に理解し合えないことに絶望して諦めた果てにこの発想に至っただけかもしれないが、それでもこの発想の転換は偉大だと思う。
文化の壁は高い
言語が好きな私としては、「相手の言語を学べばいいのではないか」と考えた。しかし彼は完璧に近くフランス語で意思疎通できるのである。彼女が彼の母国語を覚えても同じことが起こるのだろう。
つまり、どれだけ言語を学ぼうとも文化の違いに距離を感じることは防げない。言語を学ぶことで意志の疎通が可能になるが、異なる文化で育まれた考え方や人物像は簡単には理解し合えないのだと感じた。
彼女ほど、相手に熱を帯びても相手のことがわからないのだ。これは異国の人と心を通わせる難易度が絶望的に高いことを示している。
改めて、国際恋愛の大変さを感じた。私は経験がないのでわからないが、同じ文化を共有している人との交際とは次元が違う精神のタフさ、寛容さが必要なのだろう。海外で国際恋愛が多いことを考えると世界の人はタフだ。
言語の壁ぐらい
文化の違いという壁はあまりに高く、言語の壁が
大したものでないように感じてきた。
主人公を見る限り、多分その通りなんだろう。
もし彼がフランス語を話せなければ、彼女は彼の
母国語を勉強しただろう。そして完璧に話せるようになるはず。それでもなお、彼女はきっと文化の違いから生じる彼との距離に頭を抱えるのだ。
文化の壁はそれほどまでに高い。外国人と心を通わせるためには、言語の壁ぐらいささっと越えなければいけない。
言語の壁ぐらい。
言語は必須
文化の違いは圧倒的。言語の壁ぐらいと言ってきたが、文化の壁を高くしてるのは言語の違いという要因も大きいだろう。つまり、フランス語で考える頭と日本語で考える頭は違うのだ。
本気で相手のことを思えば、「言語の壁ぐらい」ではあるものの、その壁を越えることは、相手物事の考え方に近づくには必須だ。
少しでも多くの言語を学び、多くの人との
文化的距離を近づけたい、同時に彼女の素敵な発想も武器にしたいと思う。
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